小学校の時、1年間だけだったけど、一度も休まずにNHKラジオ講座を聞いていたことがある。学校の勉強以外で英語を勉強したのはコレくらいだったと思うけれど、とにかく解らなくても毎日一生懸命聴くだけ聴いたり、単語をノートに書いたりしていたら、後で英語をちゃんと勉強したとき、意味は知らなかったけどなんとなく聴いたことがある、という言葉や文章がたくさん出てくるようになった。この聴いたことがある、という感覚を増やしておくと、後で日本語での意味をきちんと知った時に、その記憶の鎖が強くなっている気がして、ことばをよく覚えられるようになったと思う。つまり英語が先、日本語が後、という感じになるのだろうか。アメリカに住んでいる今でも聴いたことあるけど意味がわからん、という単語が頭の中でたくさん渦巻いている。それがぽこっ!と口から出てきて、だんなは何だ急に、と思うらしい。今日はいきなり「ガーゴイル」という言葉が出てきた。ノートルダム寺院とか教会の装飾についているモンスターのことだそうだ。


カリフォルニアにある陳家本家に行くと、1週間ずーっと広東語のシャワーどころか集中豪雨を浴びることになる。一度広東語を勉強しようと教科書を買ってみたこともあるのだが、もうテキストを音読しようとすると2行ぐらいで爆笑してしまい先に進めなかった経験がある。広東語がしゃべれたら面白いだろうなぁ、とは思うのだけれど、そうすると陳家の両親だけではない、数え切れないほどの親戚がどんなDisturbingな会話をしているかを知るところとなってしまうという副次的作用があるので、今のところは控えている。なので私は広東語はほとんどわからないのだが、1週間実家に滞在すると、ラッパのように四六時中鳴り響く広東語が脳にどんどん侵食していくようで、夜眠りに陥る前に、頭の中で父ちゃん母ちゃんの声で広東語がわんわんわんわん聞こえてくるのである。多分脳が耳から受けた新しい情報を整理しようと脳をデフラグしてるのかもしれない。そんな夢うつつの状態で、頭の中でがんがんなっている広東語の音の中に、いつもなぜか「ホゥヒャック」「ヒャッカー」とヒャックリのようにヒャック、ヒャックという音が入っている。不思議に思いある日だんなに聞いてみたら、何のことはない、彼らの出身地台山訛りの広東語では、「美味しい」を「好食(ホゥセック)」といわずに「ホウヒャック」というそうだ。「父ちゃんも母ちゃんも、結局は食べることばっかりしゃべってるからね・・・(パパは元シェフ)」他にもなんとなく聴いたことがある、と覚えていた単語は全部食べ物関係だったということが判明したのでした・・・。ダメダコリャ